初めて見た外国
「フォロー・ミー」という映画

その舞台となった国がどこで、都市がどこだったのかということも思い出せない。
ただ、外国、というだけ。
それだけで充分だった年頃に観たきりで、それでも、映画の内容はたぶん30年近くたった今でもはっきりと覚えている。美貌の人妻と、さえない探偵の心だけの交流の日々。
人妻のそれまで見たこともない奇麗な衣装と、探偵の大きなコートと大きな鞄。僕がコートや鞄が好きなのは、絶対にこの映画が根底にあるんだと思う。実際、探偵が持っていた大きな鞄が欲しくて欲しくてしょうがなかったのを覚えているんだ。
それと、探偵がいつもその鞄にしのばせていた、林檎。
ある日、真似をして台所からこっそり持ち出しランドセルに入れて学校に持っていったら当然のごとく、怒られた。
今でも、秋口の朝、少し厚めのロングコートを着て鞄を抱えて家を出る時に、少し淋しげなテーマソングが聞こえてくる(こともたまにはある)。


恋という感情
「小さな恋のメロディ」という映画

ビージーズの歌うテーマソングが流れて、女の子が街角の金魚売り(?)から金魚を買って、とびきりの笑顔を見せて走っていく。
この年齢になると少し恥ずかしくて大きな声では言えないのだけど、この映画を僕は何度も見た。何が気に入ったのかと考えると、人に好きになるという感情とはどういうものか、というのをきちんと教えてくれたからだと思う。とても自然に、身近な表現で。
初めて見たのが何歳の時だったのかは覚えていないのだけれど、たぶん、その頃、好きな子がいたんだと思う。その気持ちはいったいなんなのか、誰も教えてくれそうもなかったし、教わるものではないんだろうと漠然と考えていた。けれど、この映画は教えてくれた。
その当時の感情というのは、絶対に忘れられないものだから、この映画も忘れられない。たとえ、あの結末が夢物語で、現実で言えばどこかの駅であの二人は捉まるのだとしても。でも、きっとどこかで幸せに暮らしているんだと信じている。その方がこちらも幸せな気持ちでいられる。サンタクロースみたいなもんだ。


「物語」のおもしろさと、男の生き方と
「スティング」という映画

してやられた。騙されたのは後にも先にもこの一本だけ。もちろん、まだ物事を裏からななめから時にはすかしてみたりして考えるということを覚える前に見たせいもあるのだけれど、それにしても見事に、騙された。
そうか、これが物語の仕掛けというものなんだ、とはたと気づいたのもこの映画。それと同時に、同性である男の笑顔に魅かれたのもこの映画。主役の二人は実にいい笑顔を何度も見せてくれて、あるいはお互いに交わして、それがひどくうらやましかったのを覚えている。
相棒、と呼べる片割れを見つけることのできた男は、その人生がどんなものであれ、幸せな人生に違いないと思う。たとえ長い間会えなくても、会った瞬間に何もかも分かりあえてしまうような、言葉のいらないような間柄。
さて、僕にはいるだろうか?


伝説を謳う
「レディ・ホーク」という映画

あるところにそれはそれは美しいお姫さまがいました。そして、その姫を命をかけて守る騎士がいました。二人は将来を誓いあいますが、それを嫉妬した悪い魔法使いに呪いをかけられてしまいます。日の上る時間はお姫さまが鷹に。月の昇る時間は騎士が豹に。そういう呪いをかけられて、二人は二度と人間として出会うことが出来なくなってしまったのです。
さて、姫の危機を救う騎士までもがそうなってしまったのだから、どうなるのでしょう?彼らを救ってくれるのは誰なんでしょう?
それは、ただの村人。それもこそ泥の若者。若者は姫の美しさに、騎士の男らしさに魅かれ、この二人をなんとかして幸せにしてやりたい。そう思って、獅子奮迅の活躍をするのでした。
そして物語は……ハッピーエンドへ。

僕はこういう物語が大好きです。幸せになれない物語なんてなんの必要性があるのでしょうか?


懐かしい日々
「スタンド・バイ・ミー」という映画

何よりもまず、原作をこういう素晴らしい映画に仕立て上げた監督に拍手喝采。少年時代へのノスタルジィは万国共通で、少年の悲しみや苦しみや喜びや恐れや不安や希望は、時代を越えて共通すると認識させてくれた映画。
何より、あいつは今ごろどうしているのだろうか、と、しばらくの間幸せな沈黙思考の世界へ連れていってくれる貴重な映画。

二十四年ぶりの小学校の同窓会に出席したことがある。会場となったホテルへ向かう道すがら、頭の中にあのメロディーが流れていたのはいうまでもないことで、変わらぬ顔や変わってしまった顔や、残念ながら見知らぬ顔に囲まれて幸せな時間を過ごすことが出来た。

思い出すのはささいなこと。笑顔で語れることばかり。僕は幸せな少年時代を過ごすことが出来た。この映画を、懐かしさだけで見ることが出来るぐらいに。


憧れの遠い国
「チキチキバンバン」という映画

鮮やかな色彩、見たこともない風景、幸せそうな人々の笑顔……そして空飛ぶ車!アメリカという国がどういうものかも知らずにただただなんて楽しそうな国なんだろう!と単純に思わせてくれた映画。
いつか大人になったらきっとああいうところへ行けるに違いない、そしたらきっとああいう人たちがいて、ああいう車もあるに違いない。もちろん車が空を飛ぶなんてそんなことはない、と思いながらもワクワクする思いを長い間心の中に潜めておいてくれたのは、こんな映画だった。

映画館の帰りに、父が、デパートのおもちゃ売り場であの車のミニカーを買ってくれた。毎日のようにそのミニカーで遊び、どこに行くのでもポケットに入れて持ち歩いたそれは、いつしか翼がとれてしまったけれど、その頃その翼にはらんだ風は今もきっと、吹いているはずだ。


僕たちは悲しい生き物なのか?
「禁じられた遊び」という映画

どうしてなんだろう。どうしてこんなに淋しいんだろう。僕たちのしていることはそんなにいけないことなんだろうか。どうしてあの二人は離れ離れにならなきゃいけないんだろう。そんなことをずっと考えていた。あの二人はとても楽しそうで、それは僕らがいつも遊んでいるときと同じ空気だと感じて、あの二人がスクリーンで笑うと、僕も嬉しくなった。あの女の子となら一緒に遊んでもいいや、見たこともないぐらいきれいな子だし……だから、あの女の子が、最後に泣きながら叫ぶのは聞くに堪えなかった。悲しくてしょうがなかった。

「どうして離ればなれになったの?」僕の手をひきながら、叔母は「子供だからね」と微笑んだ。子供だから、あんなに悲しい目にあうんだったら、早く大人になりたいと、心の底から思った。大人になれば、悲しくても泣かずにすむと、思ったんだ。